マリアについてくと、バカでかく煌びやかな扉の前に着いた。
廊下の天井も高いし、扉も大きくて当たり前か。 ここに王様がいるのだろうか。「勇者様を連れてまいりました」
扉の前にたったマリアが近衛兵たちに話しかける。
扉の前に立つ近衛兵が大きな扉の取っ手に手をかけ、扉を押す。 そこには広い大きな間が広がっていた。奥の方のこれまた豪華な椅子に座っているのが、国王だろうか。
国王の前につき、マリアが跪く。 それと同時に、俺の方に目を送る。 あっ、俺も同じことしないといけないのか。 慌てて、俺も跪く。「勇者様がお目覚めになりました」
マリアがそう告げると、国王が顔を崩す。
「よく目覚めてくれた。私が国王のマルクス・アウレリウス八世である。
勇者をせっかく召喚したのに、このまま死んでしまうのではないかと思った」勝手に呼び出しておいて、勝手に殺されてしまったら、かなわない。
「貴方が、国王が俺を呼び出したのか?」
ちょっとムキになり大声で国王に話しかけた。
そして、つっかかるように話す。「正確に言うと呼び出したのは私ではない
ただ、私が命令して、召喚の儀式をしてもらったのだ」俺の様子に多少ひるんだのか、弱弱しい声で国王が答える。
「勝手に呼び出されて、勇者と言われても困るんだが……」
さらにつっかかる俺。
国王が困った顔をして話し始める。「確かにそれはわかるが、こちらとしても事情があってな」
今の状況を長々と説明しはじめた。
纏めると
まず、前任の勇者が150年前に魔王を追い詰めたが、討ち取るまでには至らなかった。 勇者たちは深手を負って帰還。 その後、しばらくは平和になった。 ただ、最近になり魔王軍が攻め込んで来るようになった。魔王に対抗する手段は、この世界にはない。
異なる世界から勇者を呼び出すしかない。 前任の勇者もそうだった。 ということらしい。勝手に呼び出されて、魔王と戦えと言われてもな。
でも戻る手段はなさそう。 覚悟を決めるしかなさそうだ。「事情はわかった。
こうなった以上は仕方ないのかな…… で、この後はどうすればいいんだ」その言葉を聞いた国王の顔がほころぶ。
「そうか。引き受けてくれるか。よかったよかった。
では早速だが、シルフィーネ村に向かってほしい。 魔物が増えてきているとの報告がある。 そこの状況確認と魔王に関する情報を収集してきてほしい」何の装備も準備もないのにもう出撃命令か。
「何もわからない、丸腰の、俺に、一人で行けと!」
半分キレたように国王に向かって言う。
「あいすまぬ。村までの案内はするようにと、馬車は用意してある。
それと武器や防具については、この中から使えそうなものを選んでくれ」国王がそう言うと、兵士たちが武器や防具を持って目の前に立ち並んだ。
「年代物だが手入れはきちんとしてある。どれでも好きなものを選んでくれ」
見せられたとしても、初めて見るんだし、良し悪しがわかるか。
こういうのはフィーリングで選ぶしかないかな。 並んでいる装備を眺めていると、変な声が聞こえてきた。「……を選……ぶ……のじゃ……
そ……この……剣……」しっかりと聞き取れないような声が聞こえる。
その声に答えるように俺も言葉を発する。「これか?」
そういいながら、ある剣を手に持った。
「そうじゃ、それじゃ。その剣じゃ」
手に持ったらハッキリと頭の中に聞こえてきた。
ビックリした俺は、目の前にいた兵士に尋ねた。「お前、何か喋った?」
兵士はビックリした様子で、首を横に振った。
なら、この声はどこから聞こえてくるんだ。
でも、この剣、なんとなくフィーリングがいい。「それじゃ、この剣を貰います」
他にもいくつか、防具などを見繕い、持っていくことにした。
それから王様からは
「あとは、こちらが準備金になる。足りないものがあったら買うといい。
勇者殿、あとはよろしく頼んだぞ」笑顔でこちらを見ている。
そう笑顔で頼られるのは悪い気はしない。「どこまで出来るかわかりませんが、出来るだけ頑張ります」
と、つげて、大広間から先ほどの部屋に戻った。
「さて、どうしたものかな……」
部屋に帰り、椅子に座る。
ボソッとつぶやきながら、貰った剣を持ち上げて眺めてみる。そういえば、さっき聞こえてきた声はなんだったんだろう。
誰かがアドバイスをくれたのかな。 そう思いながら、剣を隅々まで見ていると、突然声が聞こえてきた。「でかしたぞ。よくワシを選んでくれた」
そして、剣の先から一人の女が現れた。
よし。うまく抜け出せたようだ。しかし、あやつは良くワシを選んでくれたな。なんだか力も少し出てきたような感じだ。「でかしたぞ。よくワシを選んでくれた」とあやつに声をかけてみた。そのまま、ちょっと力を入れてみた。すると、剣の外へ向かって体が流れていく感じがした。「んっ……」なんか首が動く。下も向ける手も動かせるぞ。脚もある。「これは……剣から出られたのかのぉ…… もしや封印が解けたのか?」独り言のようにつぶやいた。そしてワシの目の前には剣を持ったまま固まっているあやつがおる。目を丸くしてこちらを見ている。「何をそんなにこちらを見ておる」あっけにとられた顔をしておるあやつが、深呼吸して話し始めた。「………… おっ……お前は……だっ……誰だ!?」まぁ、ビックリするよのぅ。このワシですらビックリしておるのじゃから。「ワシか? ワシはソフィ……んっうん……ゾルダだ」あやうくソフィアというとろこだった。この名前はどうも魔王らしくなくて困る。改めてワシは言い直した。「魔王のゾルダだ」魔王と聞いてさらに驚いた様子のあやつ。なんとも言えん顔をしておるのぅ。「まっ……魔王!? さっき王様が話していた復活した魔王のこと!?」さらに驚いたのか、剣を離して床に落としよった。今度は剣の中に体が吸い込まれる感覚に襲われる。ふと見ると、天井だけが見えていた。どうやら剣にまた閉じ込められたようだ。封印が完全に解けている訳ではなさそうだ。「おい、おぬし! その剣を持て!」声が聞こえたのか慌ててあやつが剣を持つ。するとまた体が流れていく感じがした。すると、また動けるようになった。どうやらあやつが剣を持っている間だけ、外に出れるようだ。また出てきたワシにビックリしているようだ。「なんで魔王がここにいるんだ?」あやつが慌ててワシに問いただしてきた。…………おっと、そういえば今は魔王ではなかったな。「あそこでじじいが話していた魔王はゼドのことじゃ。 言うなれば、ワシは元魔王ってところじゃな」あやつはまだ状況を理解できておらんようじゃ。ワシへの確認を続けておる。「元魔王? 元だろうが前だろうかよくわからないけど…… で、その元魔王が何故にここに?」そう言われても、ワシも困るのじゃが……適当に話をし
昨日はいろいろとあったな。王様に呼ばれて、魔王を倒せと言われるわ、貰った剣には元魔王がいるわで……シルフィーネ村に向かう馬車に揺られながら昨日のことを思い出す。あの後もゾルダにはこの世界のことを少し教えてもらった。自分のステータスの見方も。「ステータス、オープン」レベルは1、パラメータも特筆するものはない、スキルも特に今はない。経験を積んでいけば何かは得られるのだろうか。そういえば、ゾルダが言っていたな。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「ステータスの見方はわかったか? おぬしは特に現時点では何か凄い能力を持っていることはないようだな」よくある飛びぬけた能力を持って転移する話。その期待をしていたが、不発に終わったようだ。そう世の中うまくいかないよな。「なんだよ~。 よくある異世界転移の話だったら、チートスキルか能力があるはずなのになぁ……」ゾルダがキョトンとした顔でこちらを見る。「なんじゃ、そのチーなんちゃらとか、異世界転移の話とかは……」元の世界の話だから、通用しないのは当たり前か。そこでゾルダに元の世界の流行りの話をしてみた。「あっ、こっちの話。 俺が元いた世界には、そういう作り話が流行っていて、 転移とか転生するとものすごい力や能力を持って、 無茶苦茶活躍するっていう話がいっぱいあってだな。 そのすごい力をチートって言っていたのでつい言葉が出てきた」感心した様子でうなづくゾルダ。「そうなのか…… おぬしの元の世界も面白そうなところだのぅ。 頭に思い描いたものを話として世の中に広めていくのだから」こちらの世界には小説とか物語とはないのだろうか。伝説という感じの話はありそうだけど。「まぁ、そういうことだ。 しかし、そう世の中、話のように上手くいかないな」俺は自分を納得させるように言い聞かせた。「そういうことかもしれんのぅ…… おっ、そうだ、ちょっと待っておれ」ゾルダが俺の頭に手を当て、目をつむる。「んっ…… でも、呼び出されただけのことはあるやもしれん」ゾルダは何かが見えたようにつぶやいた。「それは、どういうこと?」俺に何かがあるのか?ちょっと期待してしまう。ゾルダは手を当てながら話を続ける。「ワシは完全にではないが、素養というのを見る
さて…… ようやく外にも出れたし、さっさと封印の解き方を探さないとな。よくわからんのは、あやつがこの剣を握ったときは実体化が出来るようじゃが…… 完全に封印が解けている訳ではなさそうじゃ。 あやつが封印を解くカギやもしれん。 どうせまだこの剣からは出られんのだし、しばらくは同行するしかなさそうじゃ。あと、力も完全に出せている感じはしないのぅ。 さっきのあやつの戦いに使った力も、本来ならウォーウルフごときは姿形も残さないはずじゃがのう。 魔力を探知できる範囲も思ったより狭いな。 あやつがある程度強くなる前に強敵に出くわさないといいがのぅ。しかし、さっきの戦いは滑稽だったのぅ。 あやつがいた世界には剣も何もないのだろうか。 この世界は己の身は己で守らんといかんから、年端もいかない子供たちですら武器を使うことを教えられている。 あそこのなんとかっていう王もたぶんそれぐらいは出来ているだろうというところで訓練もせずに放り出したな。 これじゃ魔王を倒す前に、あやつが死ぬぞ。「ゾルダ、この先にはまださっきの狼みたいな怪物はいるのか?」ワシが考え事しているところだというのに、あやつは尋ねてくる。「はっきりと感じるだけでも、数十匹はおるようじゃ。 その先はもっとおるやもしれん」死なれては困るし、死なぬように教えておかんとな。「そんなにいるのか? いつになったら目的の村につくのやら……」あやつがため息交じりにつぶやいておる。 たかがウォーウルフごときで何をしておるのじゃ。「ほれ、そうこうしているうちに、すぐそこに1匹おるぞ」少しは自信を持ってもらわないとのぅ。 魔王のところまで行く前に、旅を辞めかねん。「さっき、レベルが上がって、スキルを覚えたじゃろ。 1匹だし、今度は手助けせんから、1人で戦ってみろ」1対1だし、なんとかなるじゃろ。 出来るかぎり手助けをせずに、強くなってもらわないとな。 こんなところでくたばりでもしたら、ワシの封印が解けないしの。 いざとなったら手助けはしてやるがな。「1人でか……」またボソッとあやつが独り言を言っておる。 相変わらず自信なさげじゃのぅ。「新しいスキル、新しいスキル…… これか。この【スピントルネード】ってやつは……」字のごとくそのままじゃろ。 何を深く考えてい
俺はウォーウルフキングと対峙して苦戦をしていた。それを見かねたゾルダが急に剣から飛び出してきた。「おい、お前、こっちだ。 ワシが相手をしてやるぞ。 ありがたく思え」そう言いながらウォーウルフキングの前に立ちふさがるゾルダ。静寂の中にウォーウルフキングの唸り声が響き渡る。「グルルルルゥ……」五臓六腑に染みわたるような低い声を出しながらゾルダを睨みつけていた。「そう血気盛んにならんでもよいのにのぅ。 うーん、そうだのぅ……お前に30秒くれてやるぞ。 その間に、逃げるなら見逃してやってもよいぞ」ゾルダはニヤニヤしながらウォーウルフキングに語り掛ける。何もそんなに煽らなくてもいいんじゃないか……俺が全然歯が立たなかったんだから、相手はかなり強いんじゃないのか。「ゾルダ、油断するなよ」相手を見下しているゾルダに対して俺は声をかけた。「ほぅ、油断するなよとは誰に言っておるのじゃ。 このワシにか?」そうだよ。だいぶ上から目線で話をしているから足元をすくわれないか心配になる。「いかにも余裕がありそうにしているから、大丈夫かと思って」その言葉を聞いてか、ゾルダがさらに満面の笑顔でドヤ顔になる。「余裕があるから、そういう態度をしておるのじゃ」ゾルダが俺の方に体ごと向いて言い放つ。戦っている敵に対して背を向けているのである。そんな隙を見せたら、ウォーウルフキングが襲ってこないか……と思ったら、案の定襲ってきた。「危ないっ」思わず声を上げてしまう。ゾルダはまだ俺の方を向いたままだ。ウォーウルフキングは爪をむき出しにして、ゾルダに襲い掛かってきた。「おっ、ようやくきたかのか。 こちらに来るということは、逃げる意思はないということじゃぞ」全く振り向きもせずにひらりとかわす。「せっかく時間をあげたのに、逃げずに襲い掛かってくるとは、なかなかの度胸よのぅ。 その度胸を賞賛してあげようぞ」ゾルダがなんか楽しそうだ。にやりとしながら、ウォーウルフキングに目を向ける。息つく暇なく手を出してくるウォーウルフキングだが、全くゾルダにはかすりもしていない。風に吹かれている柳のようにしなやかにかわしていく。「すっ……凄い」あっけにとられてしまった。ゾルダの動きに目を奪われる。そう言えば、元魔王って言っていたけど、本当なのかも
ウォーウルフキングをあやつが倒したあとから数日後……旅の目的地となっていたシルフィーネ村にようやっとたどり着いたわ。「ここがあのじじいが言っておったシルフィーネ村か」思ったことを口にしておると、あやつが窘めにくる。「じじいって、国王だぞ」見たままを言っておるのにのぅ。「あんな老いぼれをじじいと言って何が悪いのじゃ。 事実を言っておるだけじゃ」そう反論をすると、あやつは首を振りながら頭を抱えてしまった。「はぁ……」何ため息をついておるんじゃ。あやつは呆れておるのか。「事実だろうが言っていいことと悪いこととがあるんだって」怒りながらワシを見て諭すように話してきた。「………… ……って、なんで剣から出てる?」今頃気づくか。反応が遅いのぅ。だいぶ前から外に出ておるのに。「この間は剣を握ってないと出てこれなかったじゃん」あやつは驚いた顔をしながら、ワシを見ておる。「さぁ、何故じゃろな」ワシにもようわからんが……出れるようになったみたいだから、出たまでじゃ。「村の中で、ゾルダが姿を現わしていたら、村の人が怖がらないかな」血相を変えてワシに顔を近づけてくる。「まぁ、大丈夫じゃろぅ。 おぬしがおれば、何せ、勇者御一行様だからのぅ」ワシは元魔王とは言え、この姿は魔王には見えんからのぅ。見た目はそう人族の女と変わらんからのぅ。「それより、今のおぬしの態度の方が怪しいぞ」あやつは動揺しているのか、挙動不審になっておる。「いや……でも……元だとはいえ、魔王だったんだし。 お前のことは魔王と知られているんじゃないのか?」なんだ。そんな心配をしておるのか。「ワシが魔王だったころからだいぶ経っておる。 たぶん誰もワシの顔なぞ知らんじゃろ。 一応身なりも人に近いしのぅ。 おぬし、気にしすぎじゃ。 器が小さい男じゃのぅ」こんなもん、堂々としておれば、だいたい気づかれんもんじゃ。「それより、何か言われておったじゃろ。 あのじじいに」旅立つ前にあれやこれやじじいからなんか話があったと思うが……まぁ、ワシはしっかりと聞いておらんからわからんがのぅ。何か言っておったぐらいしかわからん。「じじいは余分だって」あやつがワシが外に出れるようになったのを気にしすぎるものだから、話をちょっとそらしてみた。ワシも何故出れ
俺はシルフィーネ村へ着くと村長のところへ向かった。途中ゾルダが姿を現したところは、ビックリしたけど。周りの人たちも特に気にする素振りもないので、大丈夫かな。村の中で暴れなければいいが……村の長の屋敷へとたどり着くと、ドアをノックした。「コンコン」「アウレストリア王国の国王からの指令で来たアグリというものです」ドアを開けると、美しい女の人が出てきた。村の長というから、てっきりおじいさんが出てくるのかと思っていた。「お待ちしておりました。 国王様からは勇者様が来られるとの連絡をいただいています」美しい女性は穏やかな口調で話す。「私がこのシルフィーネ村の長、アウラと申します」丁寧な挨拶を受けて、中の応接間に通された。聞けば、アウラさんはシルフ族という種族らしい。人よりは長生きらしく、132歳とのことだ。応接間の椅子に座り、状況の確認をする。「国王からは魔物が増えてきているからという話でしたが…… 今の状況はどうなっていますか?」「はい。ここ最近いつもと違う魔物が増えてきて、往来も難しい状況でしたが……」アウラさんは険しい顔をして話を進めていく。「数日前から王都セントハム方面の森に出ていた魔物が突然姿を消したとの報告がありました」んっ?たしかその方向は、俺たちが来た方向の話だな。「突然姿を消した……」なんとなく思い当たるところがあるかもと考えながら、アウラさんの話を聞いていく。「はい。 急な話だったものですから、確認のため、森へ腕がたつ者を向かわせました。 その者からの報告ですと、やはり魔物がいなくなっていたとのことでした」あれ……もしかして……と考えていたら、ゾルダが割って入ってきた。「魔物とはこれの事かのぅ」ゾルダはどこからともなく、ウォーウルフキングの頭を取り出した。「……ヒィッ……」アウラさんがひきつった顔をして、目をそらす。しかし確認もしないといけないのか、意を決したように指の隙間から見ている。「は……はい この魔物でございます」アウラさんが確認できたのを見てか、ゾルダがウォーウルフキングの頭をしまった。どこにそんなものを隠しているのか……「そうか。 であれば、この魔物はこやつが倒したぞ」ゾルダは体面上、俺ということにしてくれたらしい。「なっ…なんと。 さすが勇者様でございます
昨日は勇者様が来られてバタバタだったわ〜。国王様から勇者様の召喚に成功したことは聞いていたけど。こんなに早く来ていただけるとは思っていなかったわ。たしかあの時は……~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「おい、お前たち。 急に魔物がいなくなった原因はつかめたのか」武装した中年の兵士、デシールが、若い兵士に対して声を荒げています。あらあら、そんな言い方しなくても……「申し訳ございません。 まだつかめておりません」若い兵士は直立不動でそう報告しています。やだわ……どうなったか原因を早くつかんでほしいわ。「さっさと探ってこい。 それでも、この村の強者たちか」さらに声を荒げるデシール。「デシール、そこまで言わなくてもいいですよ。 もう少し優しくしましょうね」私はデシールに向かい、そう窘めました。デシールは頭を掻き、苦笑いをしながら、私に対してぺこぺこと頭を下げます。若い兵士は、敬礼をしながら「承知 さらに手分けをして探ってまいります」と私とデシールに話すと、足早に森に戻っていきます。数日前に南の森の様子が変わってきたようでした。先日までの異様な雰囲気がなくなっていました。シルフ族の私は風の使い手でもあります。森を流れる風から、なんとなく様子がわかります。明らかに風の様子が変わっていたのです。そのこともあり、村の精鋭たちを集めて、南の森の様子を伺わせに向かわせました。その者たちからの報告もありましたが…うろついていたウォーウルフも姿は見あたらない。徘徊していたウォーウルフキングの姿も数日前から見ていない。そういう報告があがってきました。ただ原因はつかめなかていませんでした。私はこの森の通行を許可していいものかを考えていました。「原因がわからない以上は、いつ危険になるかわからないしねぇ。 いなくなった原因さえつかめれば……」そんな時でしたね。「コンコン」扉をノックする音が聞こえます。「アウレストリア王国の国王からの指令で来たアグリというものです」扉の向こうから男の人の声が聞こえてきます。んーっ……国王の指令……?もしかして……もしかしてもしかして……あ……あの……勇者様!?森でのことがわからず難しい顔をしていた私の顔が、いっきに綻びます。噂に聞い
北西部周辺に出立する前に、村の長であるアウラさんのところへ行った。「これから北西部周辺の魔物の殲滅と調査をしてこようと思います」元気よくアウラさんに挨拶も兼ねて伝える。「早速ありがとうございます」アウラさんも深々とお辞儀をして、俺に感謝の言葉を言ってくれた。「俺もまだまだ強くならないといけないので、時間をいただくことになるとは思います。 ただ、必ず正体を突き止めて、村を平和にしていきます」まだ俺自身の力に自信があるわけではない。でもゾルダと一緒ならなんとかなるかもしれない。「期待しています。 私に力がなれることがあれば、いつでもおっしゃってください」アウラさんからそう期待されるとついつい強気になってしまう。でも俺の力だけではどうにもならないこともあるかもしれない。ゾルダの力でもだ。まぁ、ゾルダは戦闘では負けないと思うけど、力だけでなんとかならないこともありそうだ。「その時はお力を借りると思います。 では行ってきます」アウラさんとの話が終わると、北西部に向けて歩き出した。「おぬし、用は済んだか。 さて、どんな強い魔物がいるのか楽しみだのぅ」ゾルダは戦いが出来そうなこともあって、上機嫌だ。機嫌がいいうちに、少しでも力を借りて魔物の殲滅をしていかないといけない。「さぁ、どんな魔物がいるか、様子を見ながら進んでいこう」北西部の森に入り、しばらく進んでいく。俺ではなかなか魔物の気配は察知できないので、ゾルダに確認をする。「ゾルダ、周りに魔物はいるか?」「…………」あれ?ゾルダから反応がない。「おい、ゾルダ」「……………………」返事がない。寝ているのか。ゾルダの援護がないなら慎重に進まないと……恐る恐る歩を進める。周りを警戒しながら。さすがにちょっとビビり過ぎかも。でもこの間のウォーウルフキングみたいなのが突然出てこられてもな。拓けた道ではあるが周りの様子を伺いながら進めていく。すると大きな木がたたずむ場所へと出た。「ずいぶんと大きな木だな。 なんの木だろう」上を見上げてみる。ガサガサ――――ガサガサガサ――――大きな木の枝が揺れる。「グォーーーー」1頭の熊が落ちてきた。落ちてきたのではない、降りてきたのだ。「うぁっ。なんだ、この熊は」慌てて剣を構える。大きさとしては2mぐら
『……さま……ねぇ……さ……』『ねえさま……どこ?』ゼドっちにこの兜に封印されたのはどのくらい前だったかな。誰かに拾われたり、捨てられたりして、あちこちに行ったけど、ねえさまは見つからない。ねえさまも同じようにゼドっちにされたのかな。でもゼドっちのやつ、なんでこんなことをしたんだろう。あの時のことを思い出すとムカつく。もーっ。ねえさまが大変だからって言ったからついていったのにさ。それが罠だったなんて。ゼドっちのやつー。プンプン。あれから、あちこち放浪して、今はどこかの倉庫の中にいるみたい。自分では動けないし、まずは誰かに見つけてもらわないとね。ねえさまが見つけてくれないかな。しかし、いつもは静かだったこの場所もなんかそうぞうしい。何が起こっているのかな。「ドドドドドドドドド……」けたたましい音が響き渡ってきた。本当にうるさいったらうるさい。「ボフっ……ガラガラガラガラ」挙句の果てに建物が崩れ落ちる音がした。この倉庫も大きく揺れていた。「ゴン、カラカラ……」マリーが封印されている兜が床に落ちた。『痛っ……』これまで何度も経験しているけど、落とされると何故か痛みが走る。『何がいったい起きたんだ、もう』暗闇の中だと何もわからない。外で何かが起きているのだろうが、知ったことではない。とにかくここから早く出たい。物凄い轟音の後は、静けさに包まれていた。不気味なほどに静かだ。昨日までは、うるさくないにせよ、誰かが行き来する声や音が聞こえていたはずなのに。『もしかして、誰もいなくなった?』『マリーはここに取り残されちゃうの?」長い間の封印されて、誰とも話が出来ないのはやっぱりつらい。ねえさまが一番だけど、まずは誰かと喋りたい。そんなことを考えていると、扉の開く音がして、光が差し込んできた。そこに立っていたのは一人の男だった。ブツブツいいながら、装備を一つ一つ丁寧に確認していっている。耳を当てたり、手で軽く叩いたりしていた。しばらくすると、マリーのところに来た。聞こえないかもしれないけど、思いっきり声を出してみた。『助けてー』ビックリした様子の男はとっさに手を引いていた。何かを感じた男は、再度マリーの兜に触ってきたので、ねえさまのことを確認しようと思った。『……さま……ねぇ……さ……』
しかしここまで派手にやってくれると、俺の出る幕がない。楽して敵を倒せているんだからいいのだろうけど……これじゃ何のためにこの世界にきたのかわからない。ゾルダとフォルトナからは離れて一人でがれきの上に立った。こんなところを探しても何か出るもんではないと思うが……ただあの場には居づらかった。この世界に俺は必要とされていないんじゃないか……そんな考えもよぎってしまう。「俺じゃなくても世界は救われるんじゃないか」魔王だってゾルダが倒せばいいんだし……そんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな。転移前の世界では周りに合わせて目立たないように生活をしていた。過度な期待をされても嫌だし……かといってきちんとやっていないとも思われたくない。普通にしていた……いや、頑張っても普通だったのかもしれない。それをいきなりこの世界に連れてこられて勇者に祭りあげられ期待されいつしかみんなの期待に答えなきゃと思って、気持ちが入り過ぎていたのかもしれない。でもどんなに頑張ったって、ゾルダの足元にも及ばない。これからは、そこそこ頑張って、あとはゾルダに任せよう。そんなことを考えながら、がれきを動かしては何かないかを見て回っていた。「おい、おぬし!」ゾルダが残っている砦のところから、俺に話しかけてきた。「なんだよ、ゾルダ」「今更かもしれんが、ワシと比べるなよ。 この世でワシと渡り合えるものなぞ、片手もおらん。 どうやっても追いつくのは無理じゃからのぅ」なんか見透かされたような言葉を放つ。「ただ、おぬしはおぬしなりに成長しておる。 そのままでいけばいいんじゃ。 あまり深く考えるな」確かにごちゃごちゃと考えてはいたけど、その物言いはないだろう。「何を急にそんなことを言い始めるんだ」「それはじゃのぅ…… おぬしとはなんとなくじゃが感覚を共有している感じがするのじゃ。 そのおぬしから、こう青い感じというか、こう滅入っている感じがしたものでな」確かにゾルダの気持ちというか感覚がたまに分かるときが俺にもある。それと同じ感覚なのだろうか。「…………」とは言え、言葉は出てこない。「ワシは特別じゃからのぅ。 敵わないからって、そう気に病むな。 世界中の人がほぼワシには敵わないからのぅ」ゾルダなりの励ましなのかもしれないが、ちょっと
さっきのクロウとゾルダの話はなんだったのだろー『フーイン』とか『マオー』とか言っていたけどーきれいさっぱり無くなった砦の半分を眺めながら思い出す。あの二人はどう見ても知り合い的な感じだったよなー少なくともクロウはゾルダのことを知っている感じだったなー以前どこかで会ったのだろうか……でもあの怖がり方は演技だったのか本当だったのか。本当なら以前会っていて、ゾルダにコテンパンにやられたとかかなー「フォルトナ……? 大丈夫か?」アグリが心配して声をかけてくれた。こういうところは気が利くよねー「ボクは大丈夫だよ。 でも、この状態、どうしようねー」「そうだな。 どうデシエルトさんたちに報告したものか……」アグリは頭を抱えだした。まぁ、そうだよね。これだけスッキリとした状態になっちゃったしねーそう考えながらも、さっきのクロウとゾルダの話が気になっちゃう。「あっ、そうそう。 さっきのゾルダとクロウの話だけど…… フーインとか、マオーとか言っていたけど、あれは何の話?」アグリは慌てた顔で話し始めた。「どこまで聞いていた?」「うーん、そうだなー 一応全部聞こえてたけど、意味がよくわからないところもあったから」「そうか…… なぁ、ゾルダ。 話しても問題ないか?」宙に浮き満足そうに眺めていたゾルダにアグリは確認する。「ん? 何のことじゃ。 別にワシは隠しているつもりはないぞ。 もう聞かれたんだし、隠すこともないのじゃ」 思う存分、話してもいいのじゃ」「了解」アグリは確認が終わると、ゾルダのことを話しはじめた。元魔王であること現魔王を倒す目的が一緒だから共に行動していること王様から貰った剣にゾルダが封印されていることなどなど「えーっ、ゾルダが魔王だったの?」もしゾルダが怒ってクロウと同じようになったらどうしよー今までのこと、魔王に対して失礼じゃなかったかなーあのこともこのこともどうしよー大丈夫だったかなー急に心配になってきてびくびくしながら、アグリの後ろに隠れてみる。ゾルダは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。「今のところは利害一致しているから。 何もしてこないよ……たぶん」アグリは苦笑いしながらそう答えた。確かに誰かれ構わず襲うのだったら、もう姿形もなくなっていただろなー。「てっきりボ
いいぞいいぞ。その血気盛んなところ。ワシ好みじゃ。ちまちまとやるのも飽きていたところじゃったからのぅ。大将同士一騎打ちといこうじゃないか。クロウとやらは血走った目でワシを見て、なりふり構わず突っ込んできた。なかなかいいものは持っていそうじゃが……まだまだワシが本気出さなくてもよさそうじゃ。クロウとやらの突進を余裕を持ってかわす。「ドンっ」そのまま壁に突っ込んでしまったようじゃ。壁には大きな穴が開き、パラパラと周りが崩れてきておる。「本当にお前らは突っ込むしか能がないのかのぅ。 もう少し楽しませてくれないとのぅ」壁の中から出てきたクロウとやらに言い放つ。「お前は誰だー!! オレ様をクロウ様だと知っての事か」「おぅ、クロウとやらとは知っておるぞ。 そのうえでここに来ておる」クロウとやらはちょっと驚いた顔をしておる。いいぞ、そういう顔が見たいのじゃ。「なぁ、ゾルダ。 そうあまり挑発しなくても…… 今の目的はあくまでもフォルトナの救出だったんだからさ」どうやらあやつはクロウとやらが投げ出した小娘の娘を助け出していたようじゃ。「まぁ、固いことを言うな、おぬし。 ワシの目的はここで暴れることじゃからのぅ」「アグリ、ありがとー。 ゾルダ、ボクは大丈夫だから、気にしないでー」クロウとやらの方に視線をやると、さらに驚いた顔をしておるようじゃ。「ん? 今、この女のことをゾルダって言ったか? ゾっ……ゾルっ……ダ……」「ほぅ、ワシの名前を知っておるのか」ただ血気盛んな奴だと思っていたが、このワシを知っておるようじゃな。「でもなんでお前がここにいる。 封印されていたはずじゃ……」おっ、これはワシが封印された経緯も知っておりそうじゃ。単に倒すより、まずはワシがこうなった原因でも聞こうかのぅ。「ほぅ、封印したことを知っておるのじゃな。 ゼドはワシに何をしたのじゃ。 ワシと一緒にいたやつらはどこにいったのじゃ」「オレ様は何も知らんぞ。 ゼド様から聞いただけで、何も知らんぞ」クロウとやらは、目を激しく動かしておる。動揺しておるみたいじゃのぅ。もう少し脅せば、何か言ってくれそうじゃ。「ゼドからどのように聞いたんじゃ。 ほれ、はやく話せ」「オレ様はオレ様は……」クロウとやらは何を言い淀んでおるのじゃ。
フォルトナが先に行ってから、少しの時間が経った。合流地点の隠し通路の入口前で、フォルトナの帰りを待った。予定では人質が逃げてくるのを待って、フォルトナと合流。それからそのまま敵のアジトへ乗り込み一網打尽にする。そういう計画だった。しかしなかなかフォルトナと人質が出てこない。何かあったんだろうか。少し心配になりながらも、今は待つしかなかった。「おぬし、小娘の娘のことを心配しておるのか」ゾルダが俺の顔色を見たのか、話しかけてきた。「ちょっと遅いからな。 フォルトナの実力からすれば大丈夫だとは思うんだけど…… ちょっと抜けているところがあるし…… 失敗していければいいけど……」「そうじゃのぅ。 小娘の娘は調子乗りというかなんというか。 前も周りを見ずに突っ込んでいったからのぅ」たしかに。シルフィーネ村の北部の祠の時は大変だった。後先考えず走り出してシエロに捕まっちゃったし……「まぁ、あの時痛い目にあっているんだから。 今度は慎重にやっているだろう」言葉とは裏腹に、手のひらには汗が滲んできた。まぁ、心配は心配だしね。でも、信じて待つしかない。そんな会話をして待つも、一向にくる気配がない。さすがにこの遅さは異常だ。「なぁ、ゾルダ。 そろそろ本当にマズくないか」「確かにのぅ。 何かあったとみてよさそうじゃな」身支度をして、敵のアジトへ向かおうとしたところ……隠し通路の奥から足音と息遣いが聞こえてきた。「タッタッタッタッタッタッ…… ハァハァハァハァ……」徐々に音が大きくなる。こちらに向かってきている音だ。不測の事態に備えて剣を身構える。「ダンっ」隠し通路の扉が開くと、そこには女性と子供の姿が現れた。「ハァ、ハァ、ハァ…… あっ……あなたが……」息を切らした女性がこちらに話しかけてきた。「わ、わたしは…… リリアっ……とっ……申します。 このイハルを治める……デシエルト様の側近、エーデの妻です」この人がエーデさんの妻か。ということはフォルトナは人質の解放には成功したようだ。「初めまして、俺はアグリと申します。 あなた方を救出に参ったものです」その言葉を聞いてか、リリアさんはホッとした表情を浮かべた。「ところでリリアさん。 あなたを逃がしてくれた人は一緒に来なかったのですか?」
アグリたちに先んじて砦まで来てみたけど……状況は母さんたちがある程度調べていてくれるしーまずはその時と変わってないかの確認かなーたしかこのあたりにあいつらも知らない隠し通路が……あーっ、あったあったーこれで中には簡単に忍び込めるんだよなーただ問題はここからなんだよなー人質がいるのが地下の牢屋でーこの隠し通路まで見つからずにどうやって連れて行けるか……もう少し調べてみないとなー辺りを見回してサササッと物影に行き様子を伺ってみる。この辺りは誰もいないみたいだねー。もう少し先へ行ってみよー注意を払いながら先へ進んでみる。前から誰か来たーさっと飛び上がって、天井へ身を隠す。「しかし、クロウ様も人使い荒いよな! 何日も何日もここで人質のお守りだもんな。 しかも外へ出るなだし」「そうだな。 俺もそろそろ限界だ」「クロウ様も今はここにいないし…… ちょっとだけなら外へ行ってもかまわないよな」「俺も行くぞ。 退屈でかなわん。 ここの見回りが終わったら行こうぜ」クロウの手下も大変そうだな―ここの周りは何もないし、確かに退屈だよねー同情はするけどねーただバカな手下でよかったよーこいつらが外へ出たところで、人質を連れ出せそーとりあえずこいつら以外がどこにいるかを把握しよークロウの手下の二人が通り過ぎたので、さらに奥へと進んでみた。奥の部屋や上の階など部屋という部屋を見て回ってみた。ベッドで寝ている者椅子に座ってうたた寝している者他愛のない話をしている者おおよそ緊張感とはほど遠い状況だった。たしか母さんたちが調べたときはこんなんじゃなかったんだけどなー時間も経ってダレてきたのかな?トップがいないのもあるけどねーでも、こちらにとっては好都合だしーこれは人質救出、楽勝かもねーそうなったら、ゾルダに褒めてもらえるかもねーちょっといろいろ考えているうちに、手下の二人が外に出て行ったようだ。さてと……人質を救出しに行こー案の定、地下の通路から牢屋まで誰もいなかった。これはすんなりと行きそうかなーそして牢屋の前に来ると人質の1人が話しかけてきた。「あなたはいったい……」「しーっ! まぁ、正義のヒーローってことにしておいてー ここから助け出してあげるよー」牢の鍵も大したことがなかった。苦労もせず
あやつはなんであそこまで怒るのじゃ。たかが酒を飲んで、服を着ずに寝ただけでのぅ。だいたい細かいことを気にし過ぎじゃ。いちいちちまちまと……もうちょっとおおらかになれんのかのぅ。あやつに小言を言われた翌日。ワシたちは……えーっと……誰だっけ?なんとかってやつの家族を助けるために南にある砦を目指すことになったのじゃが…「うー、暑いのぅ。 暑いのぅ暑いのぅ暑いのぅ」「ゾルダ、うるさいって! 俺だって、誰だって暑いんだよ!」小娘の娘がおる所為で、剣の中には戻れずにおる。なんでこんな暑い思いをしないといけないのじゃ。起伏の激しい砂漠を登ったり降りたりで……それだけでも疲れるのにこの暑さだからのぅ……「もう疲れたのじゃ。 どこかで休みたいのぅ」「あのさ…… いいじゃん、ゾルダはさ。 移動魔法で浮いているのに、どこに疲れる要素があるんだ」「これはこれで疲れるんじゃぞ。 ダラダラと力を使うからのぅ」あやつは移動魔法は疲れないと思っているのじゃろうか……確かに身体としては楽じゃが、地味に疲れるのじゃ。いっそ一気に力を使った方が楽なのじゃがのぅ。「あーっ、暑いのぅ。 この服、脱いでよいか?」「頼むから外ではやめてくれ! ゾルダに羞恥心が無いのは分かったけど、俺が恥ずかしい!」「ボクも恥ずかしいからやめてよねー」人というのはそういうものなのかのぅ……正確にはフォルトナは人ではないが、あの種は人と同じような生態なのじゃろう。こんな布切れを着ている着ていないで、態度が全然違うのじゃなぁ。暑ければ脱ぐ、寒ければ着るでいいと思うのじゃが……「フォルトナ、あとどれくらいで着く?」「そうだねー あともう少しかかるかなー ほら、あそこに見える岩山のところだよー」「微かに見えるような見えないような…… あれは蜃気楼じゃなくて?」「ボクは目がいいからはっきり見えるよー」「俺はほとんど見えないよ。 暑さでゆらゆらしているし、幻にも見えるし」あぁ、あそこか。あやつには見えにくいかもしれんのぅ。距離はありそうじゃから、今しばらくかかりそうじゃな。「さあー、頑張っていこー」小娘の娘は楽しそうじゃのぅ。いつでも脳天気で、あまり考えていない気がするのじゃが…---- さらに1時間程経過しばらく歩いておったが……
昨晩は大変だった……ゾルダはいつものことながら、フォルトナも飲むなぁ……二人して盛り上がっていたけど、今のこの街の状況忘れてないかな。ちょっと心配だ。案の定、二人とも朝になっても起きやしないし……昨日ゾルダがフォルトナにどんどん酒を勧めるから、ほとんど話が聞けていない。だから、今日はしっかりと話を聞いて対策を考えないとと思ったけど……「おーい、ゾルダ、フォルトナ。 もう昼過ぎだぞ。 そろそろ起きてくれないか」隣の部屋の扉をノックする。「ん…… もう少し、もう少しじゃ」「むにゃむにゃ…… まだまだ足りないよー」なんだよ。寝ぼけているのか。「いい加減起きろって」バーンと扉を勢いよく開ける。「ホントにさー 眠いのは分かるけど……」まだ寝ているのか布団を被っているゾルダとフォルトナ。ここは……「秘技、布団はがしー」一気に覆っている布団をはがす。って、えー……「おっ……お前ら…… なんで何も着てないのー」「んっ…… 何でと言われてもじゃなぁ…… 確か、飲んで帰ってきてじゃのぅ……」「うーっ ……そんなの暑かったらだよー」「わっ、分かったから、とにかく着てー」もう目のやり場に困るから早く着てほしい。「なんじゃ、おぬしがなんで慌てておるのじゃ? ワシはおぬしに見られて困ることはないぞ」「むにゃ…… ボクは……えっと……」フォルトナは虚ろな目をして座り込んだ。目をこすって周りを見ている。そして、下を見た瞬間、目が覚めたのか、大きな声を上げた。「きゃーっ!」俺は慌てて扉を閉めて、外に出た。そして着替え終わるのを待つことにした。それにしても、暑いからって全部脱ぐかぁ。しばらくしてから様子が気になったので、扉をノックした。「コンコンコン」「もう服を着たか? 入ってもいいか?」「おう、もう着たぞ」「……うん、ボクも……大丈夫」着るものを着たみたいなので、部屋の中へ入る。いつもの姿のゾルダとフォルトナが居てホッとした。「あのさ、ゾルダには羞恥心というものはないの?」「なんじゃ、そのシューチシンというのは? うまい酒か?」「いや、そうじゃなくて恥ずかしくないのかってこと!」「全然じゃな」「ボクは恥ずかしかったよー なんで全部脱いじゃったんだろー もう恥ずかしい恥ずかしい恥
せっかく気づかないように近づいたのになー。ゾルダには分かっていたのかー。「もー、いつから気づいていたのー」「そ……そんなの、だいぶ前からじゃ。 ワシに分からんものなどないのじゃ」「そーだよね、さすが真の勇者だねー」「ん? 何じゃ、真の勇者とは……?」しまったしまった。ボクとしたことが。これは知られてはいけないことだったんだー。「ううん。 何でもないよー」「あれ? 何でここにいるの、フォルトナ。 シルフィーネ村を出るときに何も話してなかったし」それはあの時はここに来ることは決まっていなかったしねー。「まぁー、それはそれだから。 今回は母さんからの伝言を伝えにきたんだー だけど、なんか面白そうなことをしているから、ついてきたんだけどねー」「えーっ! いつから俺たちについてきていたの?」「えーっと、今朝からかなー 昨日には街に着いていたしー アグリたちを見つけたんだけどねー」「なら、なんでその時に声かけてくれなかったんだよ」「疲れていたのもあるしねー まぁ、明日でもいいやーと思って」なんせ追いつくためにだいぶ頑張ってきたからねー。ここまでだいぶ遠かったしなー。「朝また探して見つけたから、ついてきたんだけどー さすが勇者……じゃないや、ゾルダだねー」「そうじゃろう、そうじゃろう。 ワシじゃからな」「で、ここで何しているの? ボクも手伝おうかー」この広い屋敷の外でなんかやってみるみたいだったけどー。本当は伝言も伝えないといけないけど……まずはゾルダたちが何をやっているかに興味あるなー。「イハルが襲われているって話だったというのは覚えている? フォルトナ」「うん。 母さんが言っていたことだねー」「でもここに来たら、こんな感じで襲われた痕跡はあるけど、魔王軍が居なくてね。 それで、俺もいろいろ街で調べたけど……」アグリが話すには、魔王軍が撤退した後、領主の姿が見えなくなったらしい。あと真の勇者様……じゃないやゾルダも魔力を感じているみたいで。どうもここが怪しいと感じているみたいだねー。でも、なんか知らないけどうまく忍び込めないらしい。「それじゃ、ボクが行こうか? こう見えても、忍び込むの得意だよー」そういうのはカルムさんから一通り教えてもらっているしー。気配消してささっと行けると